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東京地方裁判所 昭和63年(ワ)5604号 判決

主文

一  被告伊藤正人及び同荒木忠雄は各自、原告氏原久美子に対し金二八二万六九七二円、原告氏原基樹、同氏原恵理子及び同氏原加奈子それぞれに対し金一〇六万八九九二円並びに右各金員に対する昭和六一年九月一七日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告東京海上火災保険株式会社は、原告氏原久美子に対し金二八二万六九七二円、原告氏原基樹、同氏原恵理子及び同氏原加奈子それぞれに対し金一〇六万八九九二円並びに右金員に対する昭和六三年五月一九日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らの被告伊藤政三郎に対する各請求、被告伊藤正人、同荒木忠雄及び同東京海上火災保険株式会社に対するその余の各請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用中、原告らと被告伊藤政三郎との間に生じたものは原告らの負担とし、原告らと同被告を除くその余の被告らとの間に生じたものは、これを五分し、その四を原告らの、その余を同被告らの各負担とする。

五  この判決は、原告ら勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告伊藤正人、同伊藤政三郎及び同荒木忠雄は、各自原告氏原久美子に対し一二九〇万円、同氏原基樹、同氏原恵理子及び同氏原加奈子それぞれに対し、四三〇万円、被告東京海上火災保険株式会社は原告氏原久美子に対し一二五〇万円、同氏原基樹、同氏原恵理子及び同氏原加奈子それぞれに対し、各四一六万六六六〇円並びにこれらに対する昭和六一年九月一七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁(被告伊藤正人及び同伊藤政三郎)

1  原告らの被告伊藤正人及び同伊藤政三郎に対する請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

三  請求の趣旨に対する答弁(被告荒木忠雄及び同東京海上火災保険株式会社)

1  原告らの被告荒木忠雄及び同東京海上火災保険株式会社に対する請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  交通事故の発生

日時 昭和六一年九月一七日午前一時五分ころ

場所 茨城県鹿島郡波崎町大字矢田部一〇〇〇〇-三三〇先道路(以下「本件道路」という。)上

加害車甲 水戸四四に五九三一普通貨物自動車(以下「甲車」という。)

右運転者 被告伊藤正人(以下「被告正人」という。)

加害車乙 水戸五五ろ四五二二普通乗用自動車(以下「乙車」という。)

右運転者 被告荒木忠雄(以下「被告荒木」という。)

事故の態様 亡氏原攻(以下「亡攻」という。)が本件道路を横断中、甲車及び乙車が連続して亡攻を轢過し、死亡するに至らしめた。

以下、右事故を「本件事故」という。

2  責任原因

(一) 被告正人の責任

被告正人は、その所有する甲車を運転し、本件事故当時自己のために運行の用に供していた者であるから、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条本文により、原告らが本件事故により被った後記損害を賠償すべき責任がある。

(二) 被告伊藤政三郎(以下「被告政三郎」という。)の責任

被告政三郎は、本件事故当時、伊藤ブリキ工業を経営していた者であり、被告正人を建築板金工として雇用し、甲車をその業務のために使用させていたところ、被告正人は甲車を運転して本件道路を走行中、後続する乙車に気を取られて前方の注視を怠った過失により亡攻を轢死させたのであるから、右業務の執行につき本件事故を惹起したものであり、民法七一五条一項本文又は自賠法三条本文により、原告らが本件事故により被った後記損害を賠償すべき責任がある。

(三) 被告荒木の責任

被告荒木は、その所有にかかる乙車を運転し、本件事故当時自己のために運行の用に供していた者であるから、自賠法三条本文により、原告らが本件事故により被った後記損害を賠償すべき責任がある。

(四) 被告東京海上火災保険株式会社(以下「被告会社」という。)の責任

被告会社は、被告荒木との間で、乙車を被保険自動車とし、本件事故時を保険期間内とする自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)契約(以下「本件自賠責保険契約」という。)を締結していたのであるから、被告荒木が原告らに対して賠償すべき損害について、二五〇〇万円の限度で、自賠法一六条一項に基づき、原告らに対し損害賠償額を支払うべき義務がある。

3  損害

(一) 亡攻の損害(逸失利益)

亡攻は、本件事故当時、四二歳の健康な男子であり、寿司店等の経営をしていたのであるから、少なくとも昭和六一年賃金センサス第一巻第一表学歴計企業規模計年齢別(四〇~四四歳)による年収額五三三万三五〇〇円の収入を得ていたものと推定することができ、生活費を右収入の三〇パーセントとし、就労可能年数については、寿司店において自らも寿司職人として働いていたことからすれば、七〇歳に達するまでの二八年間とみるべきであるから、ライプニッツ方式(係数一四・八九八一)により中間利息を控除して、亡攻の本件事故による逸失利益の本件事故当時の現在価額を算定すると五五六二万一三一一円となる。

(二) 原告らの損害

(1) 葬儀費用

原告らは、亡攻の葬儀のために二〇〇万円以上の出費を余儀なくされ、同額の損害を被ったが、亡攻の年齢、職業等家庭的・社会的地位を考慮すれば、うち二〇〇万円の限度で本件事故と相当因果関係が認められるべきである。

(2) 慰藉料

亡攻は一家の支柱としての地位にあり、原告氏原久美子(以下「原告久美子」という。)はその人生の半ばで夫を失い、その余の原告ら三名は幼くして父を失ったのであるが、本件事故が被告正人及び同荒木らの一方的な重過失によるものであることを考慮すれば、原告らの本件事故による精神的苦痛を癒すためには、二三〇〇万円の慰藉料をもってするのが相当である(原告氏原久美子につき一一五〇万円、その余の原告らにつき各自三八三万三三三三円)。

(3) 弁護士費用

被告らは、原告らに対する本件事故に基づく損害賠償債務につき、任意の履行をしないことから、原告らは、原告ら訴訟代理人に本件訴訟の提起及び追行等を委任し、弁護士費用の支払いを約束したが、右費用のうち二五〇万円が本件事故と相当因果関係がある損害というべきである。

(三) 原告久美子は亡攻の妻、その余の原告らはいずれも亡攻の子であり、亡攻の被告らに対する前記(一)記載の損害の賠償請求権を法定相続分に従って相続し、(二)(1)及び(3)についての原告らの損害につき、法定相続分に従って支出又は負担した。

4  損害の填補

原告らは、被告正人が甲車に付保していた自賠責保険から保険金二五〇〇万円を受領し、法定相続分に従って原告らの上記損害賠償債権に充当したから、その残額は原告久美子につき二九〇六万〇六五五円、その余の原告らにつき各九六八万六八八五円となる。

5  よって、原告らは、右損害賠償債権の残額のうち、被告正人及び同荒木については自賠法三条本文に基づく損害賠償として、同政三郎については民法七一五条一項本文に基づく損害賠償として、各自原告久美子に対する一二九〇万円、その余の原告らに対する各四三〇万円、被告会社については自賠法一六条一項に基づく損害賠償額の支払義務の履行として、原告久美子に対する一二五〇万円、その余の原告らに対する各四一六万六六六〇円及びこれらに対する本件事故の日である昭和六一年九月一七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する被告正人及び同政三郎の認否

1  請求原因1の事実のうち、事故の態様は知らないが、その余は認める。

2  請求原因2(一)の事実は認め、同(二)の事実のうち、被告政三郎が、同正人の父親であり、自己の経営する伊藤ブリキ工業に被告正人を建築板金工として雇用していた事実は認めるが、その余は否認する。

3  請求原因3の事実は知らない。

4  請求原因4の填補の事実は認める。

三  請求原因に対する被告荒木及び被告会社の認否

1  請求原因1の事実のうち、事故の態様は否認するが、その余は認める。

本件事故は、亡攻が本件道路上に座っていたところ、甲車の前部右端が同人の右後頭部に衝突して即死させた後、乙車を運転していた被告荒木が本件道路上に倒れている亡攻を自車の一四メートル前方に発見し、急制動すると同時に左に転把したが間に合わず、同人の胸部を乙車により轢過したものであり、亡攻は右轢過の際には既に死亡していたのであるから、被告荒木による轢過と亡攻の死亡との間には因果関係がない。

2  請求原因2(三)、(四)の事実のうち、乙車が被告荒木の所有であり、同被告が本件事故当時乙車を事故のために運行の用に供していた者であること、同被告が被告会社と本件自賠責保険契約を締結していたことは認めるが、その余は否認する。

前述のように、乙車による轢過と亡攻の死亡との間に因果関係はなく、被告荒木は死体を損傷したにとどまるのであるから、被告荒木は、自賠法三条本文に定める「他人の生命又は身体を害した」ことにならないものというべきである。

3  請求原因3の事実のうち、(一)ないし(三)の事実は争い、(四)の事実は知らない。

4  請求原因4の填補の事実は認める。

四  抗弁

1  被告荒木及び被告会社の抗弁(過失相殺)

亡攻は、本件事件当時、高度に酩酊した状態で、幅員七メートルの本件道路上の中央付近に座っていたため、甲車に右後頭部を衝突されたものであるから、本件事故の発生については亡攻の側にも注意を怠った過失があるものというべきであり、原告らの損害額の算定にあたっては五〇パーセントの過失相殺がなされるべきである。

2  被告会社の抗弁(支払い限度額)

仮に、本件事故について被告荒木に、自賠法三条所定の責任が生じるとしても、被告荒木は亡攻の「生命」を侵害したものではないから、自賠責保険金の限度額については「身体」を害した場合に準じて処理されるべきであり、したがって、被告会社は一二〇万円の限度において損害賠償額の支払い義務を負うにとどまるものと解すべきである。

五  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は全て否認する。

亡攻は、友人の長谷川保とともに本件道路上を、銚子市方面から神栖町方面に向かって歩いていたところ、被告正人が飲酒酩酊していた上、後ろを見ながら甲車を運転するという常軌を逸した過失によって亡攻と衝突し、さらに前方を十分注視していなかった被告荒木の過失により乙車に轢過されたのであるから、本件事故は被告らの一方的過失に基づくものであって、亡攻には何らの過失もないというべきである。

2  抗弁2の主張は争う。

第三  証拠〈省略〉

理由

一  本件事故の発生

1  請求原因1の事実は、事故の態様の点を除き、当事者間に争いがない。

2  〈証拠〉によれば、以下の事実を認めることができ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

(一)  亡攻は、本件事故当時、妻である原告久美子と共に住所地において「梅の木」という割烹料理店を営んでいたが、本件事故の日の前日である昭和六一年九月一六日、右「梅の木」において仕事をしながら常連の客達の話相手をして酒を飲み、同日午後一一時ころ、その内の一人に誘われて仕事着である白い割烹着を着たまま飲みに出掛け、一旦同店に戻ってきたものの翌一七日午前零時二〇分ころ再び長谷川保と共に同店を出た後、同人と二人で岡本茂が運転するタクシーに乗って土合団地にある飲み屋に出掛け、右タクシーを下車したものの、目的の店は既に営業を終えていたため、同人らは本件道路を銚子市方面から神栖町方面に向かって歩きだしたが、亡攻も長谷川も酩酊状態であった。

(二)  亡攻らは、同月一七日午前一時過ぎころ、千葉県鹿島郡波崎町大字矢田部一〇〇〇〇番地の三三〇「珠寿司」先の本件道路の中央付近において、再び通りかかった岡本運転の右タクシーを止めて乗車しようとしたが、先客があったために断られた。

(三)  他方、被告正人及び同荒木は、二人で本件事故の日の前日の午後九時ころから本件事故の当日の午前一時ころまで焼酎のウーロン茶割等を飲んだ後、さらに神栖町にある飲み屋に飲みに行くこととなったが、その前に被告正人の所有する甲車は同被告宅に置いて行くことにし、被告正人は甲車を、被告荒木は乙車をそれぞれ運転して本件道路を銚子市方面から神栖町方面に向かって毎時約五〇キロメートルの速度で、いずれも前照灯を下向きにしたまま走行していた。

(四)  本件事故現場付近の本件道路は、車道幅員七メートルのアスファルト舗装された道路で、中央線は白色塗料で明瞭に標示され、神栖町方面行き車線の左側に幅員三メートルの歩道が設置されていたが、街路灯、道路照明等は設置されていないため周囲は暗かった。

(五)  甲車と乙車とは、本件事故現場に差し掛かる前には、約五〇メートルの間隔をおいて走行していたが、被告正人は、乙車が後続しているかどうか気になって運転席の左後方にある小窓から後方を確認したことに加えて、荷台に積んであった電気ドリルを確認しようとしたため四、五秒間前方から目を離し、改めて視線を前方に戻し、周囲の状況が暗いため前照灯を上向きにしたが、これと同時に、本件道路の神栖町方面に向かう車線の中央付近に、同町方面を向いて座っていた亡攻の後頭部と攻車のバンパーを衝突させ、同人に対し、右後頭部打撲、頭蓋骨陥没骨折、第二・第三胸椎骨折等の傷害を与えた。

亡攻は、右衝突により本件道路の中央線付近に、道路に対して真横に横たわる状態となったが、甲車に後続して乙車を運転していた被告荒木は、自車の前方約一四メートルの地点で初めて右のような状態の亡攻を発見し、急制動を掛けると共に左に転把して衝突を回避しようとしたが、乙車の右前輪及び右後輪で同人の腹部から胸部にかけて轢過し、同人に胸腹部轢過、肋骨圧平複雑骨折、肝臓破裂等の傷害を与えた。

亡攻は、甲車及び乙車との衝突により被った右各傷害により、その場で死亡するに至った。

(六)  本件事故後、被告正人及び同荒木の血液中のアルコール濃度の検査が行われ、呼気一リットル中のアルコール濃度は、被告正人については〇・三ミリグラム、同荒木については〇・四五ミリグラムであった。

3  原告らは、本件事故当時、亡攻は長谷川と共に本件道路上を歩いていた旨主張するが、前掲各証拠によれば、岡本が再び亡攻らと出会ったときには二人で肩を組んで本件道路の中央付近を歩いていたものの、二人とも酩酊状態であり、亡攻については本件事故の日の前日から相当量の酒を飲み、前記丙第一三号証によれば、亡攻のアルコール血中濃度は二・五ミリグラム、呼気に換算すると一リットル中一・二五ミリグラム以上になり、相当酩酊していたと認められること、亡攻の主な損傷は頭部、胸部及び上腹部にあり、頭部にあっては右後頭部陥没複雑骨折、胸部にあっては左鎖骨骨折、両肋骨圧平複雑骨折で、肋骨骨折は第二・三胸椎の著明な骨折であり、同部の大動脈が切断しており、上腹部にあっては肝臓が三箇所大きく挫裂し、全臓器が貧血状を呈していたものであるところ、頭部の損傷は衝突に基づき、胸腹部は轢過によるものと考えられ、頭部の損傷が先であり、頭部は右後頭部を強く車のやや丸みを帯びた部分によって打たれ、頭蓋骨の陥没、脳損傷を起こしたものと考えられ、さらに脳底部の骨折からすれば、衝突と同時に強く頭部が屈曲し、さらに第二・三胸椎部も強屈し、同部を骨折したものと考えられること、本件事故により甲車のバンパーは、右端から約三三・六メートル、地上から約五〇センチメートルの部位が凹損していること、亡攻と一緒にいた長谷川は、後方から衝突された記憶は残っているが、両大腿骨骨折の傷害を負ったにとどまることの各事実を認めることができ、以上認定の事実からすれば、亡攻は酩酊のうえ、本件道路上に身体を神栖町方面に向けて座っていたところ、後方から進行してきた甲車のバンパーが同人の後頭部に衝突するに至ったものと推認され、これに反する原告らの主張は採用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

4  被告荒木及び被告会社は、亡攻に対する乙車による轢過と亡攻の死亡との間の因果関係を争うので、この点について検討する。

〈証拠〉によれば、甲車のバンパーが亡攻の右後頭部に衝突し、頭蓋骨陥没等の傷害を負わせ、乙車は亡攻の胸腹部を右側前後輪で轢過し、肋骨圧平複雑骨折等の傷害を負わせたのであり、いずれも亡攻を即死させるに足りる強度の損傷であったこと、このような強度の損傷を受けたとしても、普通受傷と同時に脈拍等が止まることは少なく、数分間は呼吸や脈拍等が続くこともありうること、即死とは事故現場で死亡することを意味し、必ずしも、受傷と同時に呼吸等が停止する場合のみをいうのではなく、時間的には幅を有している用語であること等が認められるところ、前記認定の事実によれば、甲車と乙車はいずれも毎時約五〇キロメートルの速度で進行し、その車間距離は約五〇メートルであったのであるから、甲車と亡攻との衝突から乙車による亡攻の轢過との時間的間隔はせいぜい四秒程度と推認される。以上の諸事情に鑑みると、亡攻は、頭部に甲車による強度の損傷を受けていたが、乙車が同人を轢過した当時その心臓は動いていた可能性があるものと認められる。

右認定のとおり、甲車及び乙車による加害行為がほとんど同時になされ、亡攻はその場において死亡するに至ったが、乙車が轢過した当時なお心臓が動いていた可能性があると認められる以上、甲車による衝突のみによって直ちに亡攻が死亡したと断定できるものではなく、むしろ、乙車が亡攻を轢過したときには亡攻は生存していたとみるべきである。したがって、甲車及び乙車の各轢過が亡攻の死亡の直接の原因と考えられ、甲車による衝突が亡攻の死亡の結果を惹起しうる強度の衝撃であったとの事実は、何ら右認定を妨げるものではないというべきである。

本件事故当時、被告正人と同荒木は、甲車を被告正人の家に置きに行くために、それぞれ甲車及び乙車を運転していたものであることは、前示認定のとおりであるが、被告正人と同荒木との間に本件事故の発生について共謀がある等の特段の事情がない限り、被告荒木の行為とそれに先行していた甲車の衝突により亡攻が被った損害との間には因果関係はなく、被告荒木の行為はその後に亡攻に生じた損害についてのみ因果関係を認めることができるにとどまるところ、本件事故については右のような特段の事情を認めるに足りる証拠はないのであるから、乙車は甲車に衝突されて瀕死の傷害を負った状態の亡攻を轢過したのであり、乙車による轢過は、右のような状態をさらに悪化させたこととのみ因果関係があるものと認めるべきである。

二  被告らの責任について

1  被告正人及び同政三郎の責任

(一)  被告正人の責任について

被告正人が同被告所有の甲車を運転し、本件事故当時自己のために運行の用に供していたことは原告ら及び被告正人の間において争いがないから、同被告は自賠法三条本文に基づき本件事故により原告らが被った後記損害を賠償すべき責任があるものというべきである。

(二)  被告政三郎の責任について

被告政三郎が、事故の経営する伊藤ブリキ工業に、子である同正人を建築板金工として使用していたことは原告ら及び被告政三郎との間で争いがない。

〈証拠〉並びに弁論の全趣旨によれば、甲車は、普通貨物自動車であり、その荷台に伊藤ブリキ工業の業務に用いられていた電気ドリルが積まれていたことが認められるから、甲車が同工業の業務に使用されていたものと推認することができるが、他方、甲車は、被告正人の所有であり、同被告が自由に利用しえたものであること、本件事故は、通常の業務時間からかけ離れた午前一時過ぎに発生しているうえ、被告正人及び同荒木が本件事故現場を通りかかったのも、二人で酒を飲んでいた居酒屋が閉店になったために他のスナックで飲むためにそれぞれの車に乗って飲酒運転をしていたものであること等の前示の認定事実に照らせば、被告正人が本件事故当時、甲車を運転していたのは、被告政三郎の経営していた伊藤ブリキ工業の業務とは全く関係がなく、専ら自己の遊興のためであったと認めるのが相当である。また、右に認定の事実関係に照らせば、本件事故当時、被告政三郎が甲車の運行支配と運行利益を有していたものとはいえず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

したがって、被告政三郎は、本件事故によって被った原告らの損害につき、民法七一五条一項及び自賠法三条本文各所定の責任を負うものではないから、同被告に対する原告らの請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。

2  被告荒木及び被告会社の責任

(一)  被告荒木が乙車を所有し、本件事故当時これを事故のために運行の用に供していた者であることは原告らと被告荒木及び被告会社との間において争いがない。

(二)  被告荒木の責任

本件事故に至るまでの経緯に関する前記認定の事実関係に照らすと、亡攻の受傷及びこれによる死亡について、被告正人及び同荒木との間に共謀等主観的関連共同性があったとはいえず、また、右被告両名がそれぞれ本件事故当時甲車及び乙車を共同で運行の用に供していた者ともいえないものというべきである。しかしながら、甲車と乙車とが殆ど同一の場所において四秒程度の短時間の内に亡攻に対し相次いでいずれも同人の死亡を招来するに足る傷害を加え、その結果同人を死亡させたものであるとの前記認定の事実に鑑みると、亡攻に対する被告正人の加害行為と同荒木のそれとの間には、客観的関連共同性があるものというべきであり、民法七一九条一項前段にいう共同の不法行為によって損害を加えた場合にあたるというべきである。

ところで、不法行為の加害者は、被害者に対し、自己の不法行為に基づいて生じた損害についてのみ賠償責任を負うのが原則であるところ、民法七一九条一項前段は、被害者が損害の発生につき関連共同性のある複数の不法行為それぞれと右損害との間に因果関係があることを証明することができない場合であっても、被害者が右損害の賠償を求めることができるようにするために特に設けられた規定であることに鑑みると、共同不法行為者間に共謀等主観的関連共同性がなく、客観的関連共同性があるにとどまる場合であって、この共同不法行為によって生じた損害が共同不法行為者の一部の者の不法行為によって生じた損害を区別することができるときには、前者の損害についてのみ同項前段の適用があるものというべきであり、後者の損害については当該不法行為者のみがその賠償責任を負うものと解すべきである。

本件において、前記認定の事実関係に照らすと、被告正人は亡攻の死亡による損害全部について賠償責任を負うべきであることはいうまでもないところであるが、乙車による亡攻の轢過と因果関係があるのは、甲車により衝突されたことにより瀕死の重傷を負った亡攻の状態をさらに悪化させ、死亡させたことに基づく損害に限られ、後記認定のとおり、この損害はそれ以前に生じた損害と区別することができるから、被告荒木は、原告らが亡攻の死亡により被った損害のうち右前者の損害についてのみ、被告正人と連帯して賠償すべき責任を負うものというべきである。

(三)  被告会社の責任

被告荒木が被告会社と、乙車について本件自賠責保険契約を締結したことは原告らと被告会社の間において争いがない。したがって、被告会社は、自賠法一六条に基づき、原告らに対し二五〇〇万円の限度において損害賠償額の支払いをなすべき義務がある。

三  損害

1  亡攻の損害(逸失利益)

〈証拠〉並びに弁論の全趣旨によれば、亡攻は本件事故当時四二歳で、原告久美子と共に割烹料理店「梅の木」を営んでいたこと、亡攻の生前は、三人の従業員を雇い、調理については亡攻が材料の仕入れや寿司を握る仕事を、原告久美子がその他のてんぷらの調理等をそれぞれ担当していたが、亡攻の死亡後は従業員を一名減らし、調理については原告久美子が一人で担当し、営業時間も原告久美子の予定に従って不定期に営業時間を変更する等の影響が出ていたこと、亡攻の死亡の前後で売り上げ額が五六一万三四二二円減額していることの各事実を認めることができるが、他方、前掲各証拠によれば、同店を開業するにあたっては土地及び建物が原告久美子の名義になっているため、銀行からの借入の関係で原告久美子が経営者となっていること、売上金の管理や経理上のことは全て原告久美子が担当していたこと、亡攻は年間四〇〇万円の給料を原告久美子から受け取っていたこと、亡攻の死亡後も営業日数や献立の内容等には変更がないこと、本件事故当日も亡攻は営業時間中から顧客の相手をして相当量の飲酒をし、酩酊状態になっていたことの各事実からすれば、前記「梅の木」の経営は原告久美子が中心になっており、営業の面では亡攻が中心になっていたものと推認することができる。

右認定の事実によれば、亡攻の逸失利益は、同人が本件事故当時、給与等として現実に得ていた四〇〇万円を基礎とし、就労可能年数を六七歳までの二五年、生活費についてその収入の四〇パーセントとして、ライプニッツ方式(係数一四・〇九三九)により中間利息を控除して本件事故時における現在価額を算定するのが相当であるから、三三八二万五三六〇円となる。

2  原告らの損害

(一)  慰藉料

前示認定事実に加えて〈証拠〉によれば、本件事故が被告正人及び同荒木の前方不注視により惹起されたものであり、いずれも即死に至らしめる程度の強度の衝撃を加えた悲惨な事故であったにもかかわらず、被告正人らは本件事故後、救命等の措置を取ることなく、一旦事故現場から逃走したこと、亡攻には中学一年生から幼稚園児までの三人の子供がいたことが認められ、その他本件事故の態様、事故後の被告らの対応、亡攻の家庭状況等本件に顕れた一切の事情を斟酌すれば、本件事故により原告らが被った精神的損害を慰藉するためには、原告久美子について一〇〇〇万円、その余の原告ら各自について三五〇万円の慰藉料をもってするのが相当である。

(二)  葬儀費用

弁論の全趣旨によれば、原告らは、亡攻の葬儀を営み、そのために少なくとも二〇〇万円の出費を余儀なくされたことが認められるが、そのうち原告久美子について五〇万円、その余の原告ら各自について二〇万円を本件事故と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。

3  相続

〈証拠〉及び弁論の全趣旨によれば、請求原因3(三)の相続の事実を認めることができる。

4  既に認定した事実によれば、亡攻は甲車に轢過されたことによって、瀕死の状態となり、労働能力を完全に喪失したものというべきであるから、被告荒木は、亡攻の損害(逸失利益)について賠償責任を負うものではなく、同人の死亡による原告らの慰藉料及び葬儀費用に係る損害についてのみ賠償すべき責任を負うものと解され、右部分については、被告正人において賠償すべき損害と同一であるから、同被告と連帯して賠償すべき関係にあるものというべきである。

四1  抗弁1(過失相殺)について

前示認定事実によれば、亡攻は長谷川と共に、本件道路の神栖町方面行の車線中央付近において酩酊状態で座っていたものであって、亡攻の右過失も本件事故発生の原因となっているものの、他方、長谷川は亡攻のそばに立っており、亡攻自身も目立ちやすい白の割烹着を羽織っていたことから比較的視認しやすい状態であったこと、被告伊藤及び同荒木は、飲酒のうえそれぞれ甲車及び乙車を運転しており、被告正人においては、約六三・三メートルもの間前方を見ることなく時速約五〇キロメートルで走行し、被告荒木においても自車前方一四メートルに接近するまで、亡攻が本件道路上に横たわっているのを発見しなかったのであり、また、本件事故当時、本件事故現場付近は街路灯等が設置されていなかったために暗く、甲車及び乙車以外に本件道路を走行する自動車はなかったのであるから、前照灯を上向きにするのが適当であったにもかかわらず、甲車、乙車共に本件事故直前まで前照灯を下向きにして走行していたことの各事実に照らすと、被告正人及び同荒木のいずれの関係においても原告らの損害について、その四五パーセントを減額するのが相当である。

2  抗弁2(支払い限度額)について

被告会社は、自賠責保険契約の被保険者が死亡事故を惹起した場合には、自賠法一一条及び自賠法施行令二条一項一号イにより二五〇〇万円の限度で、被保険者が負うべき損害賠償額を支払う義務を負担するのであって、右義務は被保険者が瀕死の傷害を事故当時既に負っていたとの事実によって左右される理由はなく、被告会社の抗弁は採用の余地がないものというべきである。

3  損害の填補

原告らが本件事故による損害賠償債権につき被告正人が甲車に付保していた自動車損害賠償責任保険から二五〇〇万円の保険金を受け取ったことは当事者間に争いがなく、被告正人が原告らに対し負担する賠償額について原告らの法定相続分の割合に応じて右金額の範囲で填補がなされた(原告久美子に対し一二五〇万〇〇〇二円、その余の原告ら各自に対し四一六万六六六六円)ものと解され、また、右保険金は、先ず被告正人のみが賠償責任を負う亡攻の逸失利益に係る損害の賠償債務(原告久美子につき九三〇万一九七四円、その余の原告ら各自につき三一〇万〇六五八円)に充当され、その余の残額が他の損害の賠償債務に充当されたものとするのが、右弁済関係当事者の合理的意思と認められる。

五  弁護士費用

原告らが本件訴訟の提起及び追行を弁護士道下實に委任したことは本件記録によって明らかであるが、訴訟の難易、認容額等を考慮すれば、弁護士費用としては原告久美子について二五万円、その余の原告ら各自について一〇万円が本件事故と相当因果関係のある原告らの損害と認められる。

六  以上のとおりであるから、原告らの請求は被告正人及び荒木の各自に対し自賠法三条本文に基づく損害賠償として、原告久美子において二八二万六九七二円、その余の原告ら各自において一〇六万八九九二円並びにこれらに対する本件事故の日である昭和六一年九月一七日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度において理由があり、被告会社に対し自賠法一六条一項に基づく損害賠償額の支払義務の履行として、原告久美子において二八二万六九七二円、その余の原告ら各自において一〇六万八九九二円並びにこれらに対し期限のない右支払義務が遅滞となった日である本件訴状が同被告に送達された日の翌日である昭和六三年五月一九日から支払済みまで右同様の遅延損害金の支払いを求める限度において理由があるから、これを認容することとし、その余の請求はいずれも失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 柴田保幸 裁判官 原田 卓 裁判官 森木田邦裕)

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